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2018年12月18日 (火)

師走の能登の風物詩、鵜祭り(12月16日)、鵜の拝殿での動きから、来年は徐々に明るくなる! 気多大社、羽咋市、石川県、とは(2018.12.18)

 鵜祭(うまつり)は、地元の海岸で捕獲した鵜を使い、12月16日午前3時ごろ気多大社の拝殿で放たれ、神職がその動きを見て来年の吉凶を占う神事で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

 

 鵜は12月11日、鵜取部(うとりべ)が鹿渡島(かどしま、鵜浦町、七尾市)の鵜捕り崖で捕獲し、かごに入れられ、鵜様(神様!)として、気多大社(羽咋市、石川県)まで、3日間かけて運ばれ(鵜様道中!)、奉納された。

 

 気多大社で一昨日(12月16日)午前3時すぎ、拝殿に設けた安(あん、木製の台)上に一対の蝋燭(ろうそく)が灯る中、神職と鵜捕部が問答を交わした後、鵜が放たれ、神職がその動きから来年の吉凶を占う、鵜祭り(うまつり)があった。鵜は慎重な動きを見せたことから、来年の見通しについて、松尾孝夫宮司は「徐々に進んでいけば、徐々に明るくなる」と語った。

 

〇 鵜様

 

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捕獲されかごに入れられた鵜、七尾市鵜浦町、石川県、北陸中日新聞、2018.12.11

 

(解説) 鵜は12月11日、鵜取部に鹿渡島(かどしま、七尾市)の鵜捕り崖で生け捕りされ、かごに入れられた。

 

〇 鵜様道中

 

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鵜様道中、七尾市を出発、鵜様に手を合わせる住民、七尾市鵜浦町、石川県、北国新聞、2018.12.12 午前6時半

 

20181212

(動画) 日テレNEWS、鵜祭に向け、2年ぶり鵜様道中(七尾から羽咋始まる(2018.12.12):http://www.news24.jp/articles/2018/12/12/07411577.html

 

(解説) 鵜様道中では、白装束の鵜捕部(うとりべ)が鵜をかごに入れ、七尾市から羽咋市(はくいし)の気多大社までの間、およそ40kmの道のりを、3日間かけ「うっとりべー、うっとりべー」と言いながら歩き、奉納する。

 

 去年は鵜を捕獲することができず、鵜様道中が行われるのは2年ぶりで、70代の女性は「去年は鵜様道中がなく寂しかったです。無事、鵜様道中が行われ、よい1年が迎えられる気がします」と話していた。

 

〇 鵜祭り

 

2

 

鵜の動きで来年の吉凶を占う鵜祭り、薄暗い拝殿に放たれた鵜様、気多大社、羽咋市、石川県 2018.12.16

 

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(動画)  石川テレビ、気多大社鵜祭り (2018.12.16):https://www.fnn.jp/posts/1055ITC

 

(解説) 祭儀は、拝殿に設けた安(あん、木製の台)に一対の蝋燭(ろうそく)が灯る中、鵜捕部(うとりべ)を神職が「うとりべー」と呼ぶと、「おー」と答える声が響き、拝殿に上がった。拝殿の奥で鵜をかごから放すと、向かって右手奥の方へ羽ばたいたものの、すぐに元の位置に戻った。ろうそくの方向にある案には上がらず、再び神職によってかごに入れられた。

 

Pk20181217

祭儀が終り海岸で放される鵜、羽咋市一ノ宮町、石川県、北陸中日新聞、2018.12.16

 

20181216

大役を終え、放たれる鵜、羽咋市の一ノ宮海岸、石川県、北国新聞、2018.12.16午前4時

 

(解説) 祭儀が終わり、役目を終えた鵜は、近くの一の宮海岸まで運ばれた。かごから放されると、しばし周りを見渡すと飛び立ち、再び自然に帰っていった。

 

(Link)
 

 〇 大伴家持(越中国司、歌人)と気多神社(能登、石川)にまつわる歴史実話、能登の国歌(万葉集)、気多神社、入らずの森、海行かば、鵜祭り、とは(2010.1.8):http://kanazawa-sakurada.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/201018-2fbb.html

 

(追加説明)

 

 〇 気多の鵜祭の習俗(けたのうまつりのしゅうぞく).

 

羽咋市歴史民俗資料館: http://www3.city.hakui.ishikawa.jp/rekimin/history/culturalproperties/archives/ketaumatsuri

 

 気多大社に伝わる鵜祭の起源は極めて古く、祭神大国主命(おおくにぬしのみこと)が能登の国づくりのために、七尾市鵜浦町鹿渡島(かどしま)に上陸した折、この土地の御門主比古神(みかどぬしひこしん)がウミウを捕らえて大神に献上したことに由来するとの説があり、加賀藩主前田利家も、この古儀を重要視した記録も残っている。

 

weblio辞典: https://www.weblio.jp/content/%E6%B0%97%E5%A4%9A%E3%81%AE%E9%B5%9C%E7%A5%AD%E3%81%AE%E7%BF%92%E4%BF%97

 

文化遺産オンライン: http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/208910/9

 

能登国一ノ宮気多大社(羽咋市、石川県):https://www.keta.jp/keta.html

 

鵜祭り(google画像検索):https://www.google.co.jp/search?q=%E9%B5%9C%E7%A5%AD%E3%82%8A&hl=ja&rlz=1T4GGNI_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiYnviDnqjfAhWE2LwKHYarA8cQ_AUIDigB&biw=1366&bih=566

(追加資料)

 主役不在も豊穣に感謝 気多本宮 ウの形代ささげる 2019.12.13

写真

ウミウが不在のまま鵜祭に臨む氏子ら、七尾市所口町、石川県

 羽咋市の気多大社で営まれる鵜祭りの前に、ウミウを神前にささげる同名の「鵜祭」が12月13日、七尾市所口町の能登生国玉比古(のといくくにたまひこ)神社(気多本宮)であった。今年はウが捕獲できず、主役不在で神事が営まれた。

 本来は、ウを七尾市鵜浦町から気多大社まで運ぶ「鵜様道中」の途中で同神社に立ち寄り神事を行う。今年は2年ぶりに捕まらなかったため、神前にはウを模した「形代(かたしろ)」を神前にささげた。

 神事は新嘗祭とも呼ばれ、五穀豊穣(ごこくほうじょう)に感謝し地域の平穏を願う。氏子ら14人が拝殿で見守るなか、奥の本殿で桜井定宗宮司(51)が、祝詞をささげた。桜井宮司は「残念ながらウは捕まらなかったが、新穀に感謝しいい年であるように祈念する」と話した。(北陸中日新聞、2019.12.14)

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